日本人が発明したものとは!?

日本人が発明したものとは!?

この前、リチウムイオン電池を発明した吉野彰さんノーベル化学賞を受賞し、非常に大きな話題となっていましたね。

これだけではなく、日本人については、多くの文明の利器を発明している事は知っているでしょうか?

その中に、「え、これに関しても日本人が発明したの?」とびっくりするようなものもあると思います

本日は、そういう世界があっと驚いた、日本人の発明を紹介しようと思います。
 

日本人が発明したもの①:『乾電池』

 
様々な電化製品に使用されていて、もはやみなさんの生活に絶対に必要な乾電池ですが・・・・。

なんとこれが、日本人によって、発明したというのは知っているでしょうか?

「あれれ、電池を発明したというのはイタリア人ではなかった?」とイメージした人もいるのでは?

そう言われると、確かに、最初、電池を発明したというのは、イタリアの物理学者、アレッサンドロ・ボルタになります。

ですがこのボルタが作った電池については、「湿電池」と言われるものです。

この湿電池というのは、温度が低いと、電池の中にある電解液が凍ってしまって、電解液に毒性の強い物質が扱われているなど、扱いが困難なものだったのです。

ですので「もっと容易に使えるように、乾いた電池は作れないのだろうか」と考えたことによって、乾電池を発明したのが、屋井先臓だったのです。

屋井さんが乾電池を完成させたというのが、1887年の事だったのです。

ですが、特許の申請が遅くなってしまい、1888年、ドイツに先に特許を取得されてしまったのです。

これに伴い、遺憾なことですが、世界的においては、ドイツ人が乾電池を発明した事になっています。

屋井さんが乾電池を作った初期の頃、日本においては、乾電池を使用する製品があまりなく、まるで売れなかったそうです。

ですが屋井さんの作る乾電池は性能が良かったことから、乾電池を使う製品が増加するに伴って、日本国内のシェアはジワジワと大きくなっていきました。

特許をいの一番に、申請出来なかった事は残念でありますが、今現在の乾電池の元を日本人が発明していたというのは胸を張れますよね。
 

日本人が発明したもの②:『青色発光ダイード』

 
2014年に日本人がノーベル物理学賞を受賞したということを、記憶している人もいらっしゃることと思います。

これは、青色発光ダイオードの開発を評価したものでした。

発光ダイオードというのは、この頃、よく家庭の電球にも用いられているLEDのことになります。

LEDというのは、寿命が長く、電気の消費量が少ないことから、重宝されているのです。

スマートフォンバックライトにおいても、使われている事は有名ですよね。

ちなみにスマートフォンについては、この青色発光ダイオードが発明されていないと、具現化できなかったと言えます。

また、家庭向けの照明LEDを使えるようになったことだって、青色発光ダイオードのおかげなんだそうです。

従来、他の色の発光ダイオードはありましたが、家庭向けの照明に使っている白色LEDを開発するためには、青色ダイオードがどうしても必要なのだそうです。

かなりの研究者がどうにもうまくいかず、もがき苦しむ中、青色発光ダイオードを完成させる素材を作ったのが、日本の研究者たちでした。

リチウムイオン電池であったり、青色発光ダイオードであったり、日本人の発明がないと、スマートフォンは具現化できなかったと言えそうですね。
 

日本人が発明したもの③:『自動改札機』

 
地下鉄だったり、列車の駅に、絶対必要な自動改札機。

これを発明したというのも、実のところ日本人だったりします。

日本が高度経済成長のまっ最中であった、1960年代、大阪では改札口の混雑が過酷で、駅員達が困惑していたのです。

その混雑を解決するために、発明されたのが、自動改札機だったのです。

実のところ、海外でも自動改札機は発明されていたそうですが、切符のみしか使えないタイプで、捌ける人数も1分間に20人くらいで遅いものだったのです。

それを定期券も使うことができるように改良を加えたというのが、日本の自動改札機の物凄いところとなるのです。

この開発においては、大阪大学オムロンが関わっていたのです。

一番最初に製作された自動改札機の速度については、驚く事に、1分間に80人です!

海外の20人とは異なり、あり得ないくらいの速さになりますよね。

ですが最初の自動改札機異常動作も多かったのだそうです。

それ以降、改良を積み重ね、異常動作が少なく速度も速い自動改札機が開発されたのです。

現代においては、定期券だけにとどまらず、ICカードなどにおいても、対応するように進化しているのです。

今の時代、当然のようになった、自動改札機ではありますが、日本のハイレベルな技術が結集したものだったのです。
 

日本人が発明したもの④:『エアバッグ』

 
自動車事故から自分の身を守ってもらえるエアバッグ。

現在では、ほぼすべての自動車に搭載されているのですが、これを発明したのも日本人になります。

エアバッグの本家本元、小堀保三郎さんというのは、飛行機に乗ってた際に、エアバッグの発想を思いついたのだそうです。

小堀さんがエアバッグの研究に着手したのは、1964年のことでした。

技術を完成させ、特許を取得したにも関わらず、商品化にする企業は得られませんでした。

それから、1975年小堀さんは生活苦が災いして、奥様と共に心中してしまうのです。

それ以降、エアバッグの特許も切れてしまったのです。

エアバッグが日の目を見たというのは、特許が切れていくぶん経過した1980年のことです。

メルセデスベンツが実用化に乗り出したのです。

自動車事故から身を守ってくれるエアバッグ。

小堀さんの発明に関しては、時代を先取りしすぎだったかも知れません。
 

日本人が発明したもの⑤:『光ファイバー』

 
インターネット通信等に必要不可欠な、光ファイバー。

これを発明したとされるのは、一般的に、アメリカのコーニング社とされています。

ですが、それより先に、光ファイバー技術を発明していたとされる日本人がいたそうです。

まさにそれが西澤潤一さんなのです。

西澤さんは、昭和39年に光ファイバーの技術を特許庁に申請したにも関わらず、その技術については、その当時、誰にも理解することができず、認められなかったとのことです。

そうこうしていたら、昭和45年、コーニング社が光ファイバー技術を完成させ、特許を取得してしまいました。

前述の小堀さんと一緒で、西澤さん時代を先取りしすぎていたと言うことですね。

日本人は実のところ、たくさんの発明をしている事が分かりました。

ですが、遺憾ながら周りに理解されることなく、その手柄を外国にとられてしまっているものもあるみたいです。