離婚したい理由はどこからくるのか?

離婚したい理由

離婚したくなってしまう理由というのは何だと思いますか?

私たちの、胸の奥の欲求、諦め、怒りに意識を集中させてみましょう。

離婚の悩みにおいて、相手方に「離婚を迫られています」。

それとは逆に「何が何でも相手と離婚したいのです」等、いずれにしても、深刻な状況下で相談に来られる事が多くあります。

その内面としては、相手が、あるいは自分が「離婚したい」とされる気持ちでいっぱい状態で来られるのです。

だったらなぜ、私たちの心のうちは、一度愛した人と、「何が何でも離婚したい」というような気持ちになってしまうものなのか?

離婚理由を色々と調査してみると、浮気あるいは暴力、性的な不満などいっぱいあります。

確かに身体的な危険であるとか、精神的危機を避けるための離婚もあるのですが、そう言う、危険を避けるためのどうしようもない離婚ではなく、一般的に考えて「離婚したい」という気持ちが何からくるのか、その理由を掘り下げてみたいと思います。
 

「価値観や性格が合わない」とは?

 
今日の時点での、統計で特に多い離婚原因というのは、「価値観の違い」あるいは「ウマがあわない(性格が合わない)」という理由になります。

次いで多い理由というのが、「配偶者の異性問題」又は「性的な不満」であろうとも、心理学的に考えていきますと、基本的にこの「ウマがあわない(性格が合わない)」とされる理由に含んでしまうと考えてよさそうです。

それでは「価値観が合わない」「ウマがあわない(性格が合わない)」というのはどういうことなのでしょうか?

元々、夫婦とは、異なる家庭環境で成長し、違う文化を学び、違う価値観を持った存在になります。

当然ですが、同じ性格なわけでもないと言えます。

最初から、お互いに「違い」があったことなのです。

その初めから解っていた「違い」を、合わそうと試みる事や、解ろうとすること、また解ってもらおうとする事に、「諦めがついた」気持ちが「もう合わない」とされる答えを弾き出してしまうためなのでしょう。

「価値観やウマがあわない(性格が合わない)」というのは、それを解ろうとする事を「諦めがついた」という感情だと言う事なのです。
 

「あきらめ」って「怒り!」

 
続いてこの「諦め」と言われる理由ではありますが、心理学であれば「怒り」という感情の分類に属するのです。

「怒りを通り越して」というような表現があるみたいに、人というのは「怒り」を長い期間、感じ続けると、もうくらくたとなって「諦め」とされる感情に達することになります。

正確に言うと「諦め」というのは、全くもって「怒っている」状況なのです。

仮に「夫婦でいる状態にもはや諦めました」と言われる方に・・「長い結婚生活によってはそういうこといくらでもあるわよ」であるとか、「もうちょっと頑張ってみたら!」などと言うと、どうなってしまうと思いますか?

すぐさま彼らからは怒りが爆発してしまいます。

「どんな事を解ってそのような事言うんですかっ(怒)」「私たちの事を何も知らないくせに、身勝手な事言わないでくれ!(怒)」

「諦めた」そのメンタルの底においては、依然として今になっても継続して怒り続けているということです。
 

どうして怒っているのでしょう?

 
人が怒り続けているのは、どういう気持ちの時なんでしょうか?

それは、自らが欲しい物を、いつでも満足に手にしている時でしょうか?

あるいは、なくてはならないものがまったく手にすることができない時でしょうか?

正解については、後者だと言えますよね。

「パートナーについては、私の欲しい物をパーフェクトに与えてくれるのでもう諦めました」といった文章、理解できませんよね。

怒り続けている気持ちにおいては、間違いなく相手から欲しいものがあったのです。

尚且つ、それを相手が与えてくれないということから、怒り続けていると考えられます。

あなた自身が、何としても「離婚したい」という時にも、相手が何が何でも「別れたい」と言う時でも、その心には、「相手からどうしても欲しいものがあったにも関わらず、与えてくれることはなかった」とされる怒りが渦巻いているのです。

何が何でも「与えて欲しいもの」があったというわけです!
 

二人には本当に、なかったのでしょうか?

 
それじゃ、ここからは心理相談を行なっていく内容にちょっとだけ、触れるのですが、私は、あるいは相手は、どういうことをそんなにも要望していたかを配慮してご覧ください。

これについては「やすらぎ」「楽しさ」「愛情」「誠実さ」「豊かさ」「愛」といったものを、数多く見つけられるかもしれないですね。

そして、これについては実際、なかったのでしょうか?
 

私は与えてなかったの?

 
「離婚したい」と言われた人については、「私はこれまで、これ程まで与えてきたというのに」「これほどまで悩み苦しんだというのに」等、裏切られたあるいは、見捨てられたというような悲しみで心を満たしているのです。

心理相談であれば、そういう心の内をゆっくり癒しつつ、二人の関係で「私が怒りを覚えていた事」を探してもらうのです。

この問題になる以前に「怒っていた事」かなり前から口にしてなかったのですが「怒っていた事」日頃忘れようとしている時もあれば、昔々の事例についても、さまざまな心境や感情を思い返してもらうのです。

その点については、間違いなく「与えてもらうことができない怒り」が見つかるのです。

私たちは自分自身が何かしら怒っている時に、相手に何か与えたいはずがないですよね。

浮気をしてる配偶者に、「やすらぎ」「愛情」を与え続ける事はいずれにしてもできないでしょう。

優しくしてくれない配偶者に、「優しく優しく」接する事は難しいのではないでしょうか。

何もいたわってくれない配偶者に「いたわり」を与える事は困難が伴います。

実のところ「離婚したい」とされる側にも、相手に対し「与えてくれない」と怒っている心情が秘められている事が多いと言えます。

更に、どこかで怒っている感情が、あるかぎり、相手に与えられてないことがあるのです。
 

相手は与えてくれていなかったの?

 
与えて貰えないことから怒り、諦め「もう離婚したい」という際。

これについては、現実の上で与えてもらっていなかったのでしょうか?

心理相談であればよく「受け取る」べき言葉を活用しますが、私たちの心情の中においてすんなりと「受け取れない」というようなニュアンスがあるのです。

例を挙げると、浮気をして帰宅した際、奥さんが優しくしてくれたとしても、気兼ねせずに受け取ることが出来ないですよね。

「うしろめたい気持ち」が邪魔してしまいます。

仮に、私がそんなに魅力的な女性とは感じていない時、旦那さんが君はものすごく綺麗だねと言っても、すんなりと聞くことができません。

「自己嫌悪」が邪魔をしてしまいます。

君がいてくれるから、とても嬉しいと言われたとしても、自分自身に似たような「価値」がなければ、その言葉をすんなりとは信じることができません。

私たちの中に、さまざまな感情だったり、また痛みもあるのです。

私たちがストレートに「受け取る」ことは、すごく難しい事でもあるといえます。

数多くの感情が、求めるものを受け取れなくなっていると、いずれにしても、私たちは「与えてもらっていない」と感じざるを得ません。

離婚問題がある時、基本にあるのは、その両者共に「欲しいものが与えてもらうことができない」とされる気持ちがあるのです。

更に、相手に対しての怒りばかりを向けている場合、いかなる理由があろうとも、自分自身の心には目が向いていないものとなります。
 

与え方と受け取り方

 
性格だけではなく、価値観というのは本来は違って当然です。

そういう事情から、離婚を考えに含める瞬間、自分あるいは相手の与え方、受け取り方に意識を向けてみる方が良いと思います。

今まで「誉められる」ことを経験した事がない人は、人に「誉められても」すんなりと受け取ることができません。

更に人を「誉める」事も苦手になります。

ず~っと「寂しい」ことを我慢してきた人というのは、人に「そばにいて欲しい」と言うことはできません。

それから人が「寂しい」と思う事を許せません。

ず~っと「甘える」事を我慢してきた人も、ずっとずっと「愛されたい」事を我慢してきた人も、おのおので苦手だったり、感じれなかったりするのです。

「離婚したい」とされる心理の奥においては、言葉にはすることが難しいのですが、相手からなくてはならないものが、手にすることができない、そういう心情があるかも知れないのです。

性格あるいは価値観が違うと感じた際、相手と自分の育んできた心模様に意識を向けてみてください。

そうしてから、その心の底で必要としていることは、両者さほど違いはないはずです。

そのうえでちょっと勇気を出して、それを与える事、受け取る事に挑んでみてはどうでしょうか?