だれもがいつの日か、お墓に入る日がやってきますよね。
ですが、ここ最近、葬儀もいらないお墓もいらないというような人急増していると言われています。
葬儀もお墓も一般的には、費用が掛かってくるものですよね。
時と場合によっては、そのことが家族を悩ませることだってあります。
本日の課題は、死後、「葬儀もいらない墓もいらない」という人が急増中の理由となります。
死後は葬儀もいらない墓もいらない。理由①『シンプルに逝きたい。』
宗教学者のY氏が、こう申し述べていらっしゃいます。
私は葬儀いらないし、墓もいらないと思っております。
骨も取っておかない「三無主義」を強く主張していらっしゃいます。
基本的に、個人の自由なのですから、葬儀やお墓を不必要になるとは思っていません。
ですが、死ぬ時は人に何かをやってもらうこともなく、シンプルこの世を去ることが一番良いと思うのです。
遺体を火葬した後、葬儀をいらない、墓もいらない。
こういったシンプルな「逝き方」を望んでいる人が増えているのです。
Y氏は、火葬が終わった後は、前もって定めた想い出の土地に僅かずつ遺灰をまいてもらう「一握り散骨」をしてもらって、骨を遺さずにこの世を去る意向だということです。
「ジャングル大帝」とか「巨人の星」のアニメを手掛けた脚本家のT氏(86歳)も同様に、死後は華麗な儀式というものは行わず、「シンプルにこの世を去りたい」と語っておられます。
死んでしまったら、何ひとつ残るものはありません。
しかしながら、家族に費用を使わせるのは勿体ないですし、申し訳ないです。
戒名さえも、死後、知らない名前で呼ばれたとしても、自分自身には伝わらないのではないでしょうか。
いらないと感じた儀式は、なるべくしないことにしたわけです。
先祖代々続いていましたお墓も、何年か前に畳んでしまったのです。
死後は葬儀いらない、墓もいらない理由②『すっきり逝く』
葬儀に掛かる一般的な費用というのは、概算で190万円と言われています。
この190万円といった金額というのは、遺産や香典はあったとしても、この世を去った後、家族や親族に強いる金銭面での負担になると、ささいなものじゃありませんよね。
さらに、望ましい身支度をしないまま、この世を去ってしまうことになると、それ以降の葬儀やお墓で、いざこざを招きかねません。
いっぽう、Y氏とかT氏のように、火葬のみで、完結させてしまうことになると、葬儀やお墓に必要な数百万円もの費用を、遺族に使わせることなくすみます。
されど、経済的な事情だけのことで葬儀を簡素化するというのは、死者に対し無礼なと言えるのでは、と案じている人もいらっしゃることと思います。
これとは別に、墓を作らないことによって、お盆参りであるとか、故人を偲ぶ行事が少なくなってしまうのです。
自分自身が死んだ後、誰にも思い返していただけないというように思えて、「すっきりと」この世から逝く事に、いささかの抵抗感がある人もいらっしゃるのではないでしょうか。
これについて、「0葬–あっさり死ぬ」の著者である宗教学者S氏はこのように、語っています。
世間体や伝統を気に掛けて、お墓に拘る人もいらっしゃることでしょう。
ですが、葬儀をせず、墓を持たない「0葬」なら、遺骨や墓に束縛されることなく、むしろ意のままに、故人を偲ぶ事ができるというわけです。
それに加えて、S氏は、2007年のヒット曲「千の風になって」を引き合いに、このように続けるのです。
歌詞にあるのと同様に、お墓に故人がいるということではありません。
「より一層、意のままに先祖を供養して良いはずだ」とされる思いが、殆どの人に共通していればこそ、あの曲はヒットしたといえます。
私自身の事を思い返して貰えるように墓に入るというのは、いまや古い価値観であると言えるでしょう。
わかりやすく言うと、経済的にも精神的にも、「0葬」は残された者たちへの負担が少ないことになるのです。
0葬儀の準備と生前にしなければいけないこと。
そういう「0葬」によりこの世から立ち去るとすると、生前にきちんと準備を始めておかなければいけません。
更に言うなら、良かれと考えて意を決した0葬が、手続きを済ませておかなかったがために、むしろ遺族や友人たちを困惑させてしまうおそれすらあります。
NPO法人「人生丸ごと支援」理事長のM氏が、自分自身の経験を元に語っています。
奥様に先立たれ、子どもも居ない70代の男性が、「私自身は散骨するのでどなたにも迷惑を掛けない。もう業者にだって依頼した」と言っていた事があったのです。
しかしながら、散骨をするためには火葬して、遺骨を業者まで運ばなければなりません。
どなたにお願いしてあるのか尋ねてみると、男性は「ケアマネジャーがやってもらえるのではないの?」と述べていたとのことです。
しかし、ケアマネジャーは介護については、手助けしても、死後の事までは、してくれることはありません。
例えば、0葬を望んでいるのであるなら、散骨業者だけでは不十分で、葬儀社にも連絡をしたのに加え、遺灰の引き渡しを誰かに委託する事まで、準備をやっておかなくてはならないわけです。
親族あるいは友人に任せることが困難な時には、私たちのようなNPO法人あるいは、死後事務を執りしてくれる法人団体を訪問しておく必要があります。
何はともあれ、身寄りがない人の場合には、死後に誰に頼るつもりなのか、生前にアドバイスを求めておいた方が良いでしょう。
手続きの際には、0葬を済ますことができていたとしても、考えてもいなかったトラブルがおきてしまうことだってあります。
一般社団法人終活普及協会理事のI氏が語っています。
これまでに、火葬だけで葬儀しない事を望んだ人がおられました。
その人が死亡されたとなる時、遺族が親戚だけではなく友人にも葬儀をしなかった内容を連絡したそうです。
すると、親戚が「死者に対する不義理だ」と怒ってしまいました。
死後、親戚同士に予想外の軋轢が生じる事がないように、たとえ自分自身が容認して決意を固めた事でも、生前から周りにお伝えしましょう。
そして、できる範囲で理解を獲得しておくのです。
遺書やエンディングノートを作って、葬儀や墓をどうしたらよいか、予め自身の意思を書いておくことが大切です。
それから、親戚が集まる正月やお盆に、エンディングノートの置いてある場所を含め、ご自身の希望をダイレクトに話す機会を持つことが重要です。
愛おしく思う家族だけじゃなく友人たちにも、穏やかに自身を送って欲しい。
快くこの世を去ることを願って、準備を行っておくことが大切です。