【黄金比】「78:22」とは何なのか?|ユダヤの法則

ユダヤの法則「78:22」のイメージ

この世には、思いがけず「78:22」で成り立っているものがたくさん存在します。

例をあげると我々が生きている地球の空気は78%が「窒素」でこれ以外の気体は22%になります。

生まれたての赤ちゃんの体は78%が水分で出来ています。

この他には図形を言えば、正方形の中にすっぽり入る円を書き表わすと、円の面積と他の箇所の面積が「78:22」とされます。

これは経済界でよく注目される割合でもあって、「78:22の法則」は「ユダヤの法則」という事もあります。

だけど、なぜユダヤと関係した呼ばれ方をしているのか、それにこの法則は経済にどう関係しているのかを紹介させて頂きます!

起源はユダヤではありません・・。

それで、最初に予想外の話ではありますがこの法則の起源は、間違いなく「ユダヤ人やユダヤ教」とは関連性がありません。

実際には歴史の上でユダヤ人が欧州経済、更にそこから移民した世界の経済に深々と関係していた事は事実ですが、「ユダヤ人の法則」に関して英語で言及したものはインターネットでは全然見つかりませんでした。

インターネットの記事でなくとも、書籍があるのならタイトルが探せると思いますが、それも探し出す事が出来ませんでした。

この「ユダヤ人の法則」に関して調査していくと初出となるのは日本マクドナルドの設立者だという・・藤田田氏が1972年に記載した最初の著書だという「ユダヤの商法 世界経済を動かす」になるのです。

なお藤田氏の母は熱心なキリスト教徒だったが藤田氏自身は通訳としてアルバイトしていた学生時代に・・日本に駐留していたユダヤ人アメリカ兵の自由な生き様に憧れを持った事もあって・・起業と並行して「銀座のユダヤ人」を自称しておりました。

ですが、本来のユダヤ教の教えやユダヤ人の慣習に「78:22」を重要視する事は存在しないので、きっとこの法則そのものは藤田氏のオリジナルという事が大部分であるのではないでしょうか。

ですが、「78:22」もの細かい数字とは違うものの、「8:2」といった比は経済学で取り扱われる事はあり、イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが提唱した「2割の金持ちに8割の富が集中する」といった特有の「パレートの法則」と、この法則が存在するのと同様に「少数の人やものがトータルの中において大きな影響力を持っている」事を・・「パレートの法則」の名前を使って解説を行った色々な法則が「企業経営や自己啓発」等では常々言われています。

ちなみに、パレート氏はユダヤ人じゃなく、更にはパレートの法則も本来はむしろ・・「8割の低所得者に2割の富しかいかない」事を問題提起した上で、言ってみれば「富の再分配」や公的な社会福祉の成立に裏付けを与えたため、現代のパレート氏に関する評価は社会学者での面の方が現在の社会に与えた影響が大いに重要視されています。

しかしながら、この「パレートの法則」又は藤田氏が提言した「78:22の法則」につきまして、実際には経済を話す法則としまして重要なものが組み込まれている事は事実です。

その中には「働くハタラキアリとサボるハタラキアリ」と言われるポピュラーなものもあって、知っている方もいらっしゃる事と思います。

経済に存在する「約8割と約2割」

1つの例として、つい今しがたご説明した「ハタラキアリの法則」です。

実際のところ「ハタラキアリ」の中において「よく働くのは2割に過ぎず」、その2割で食料の内で8割を集めてくると言われています。

又、その2割を含め現実的に「働いている」アリは8割で、2割のアリはいわゆる「サボっている」だそうです。

ところが、よく働いているアリのみを集めたり又サボっているアリばかりを集めてみたりすると、そのような中でも再び「働くアリと働かないアリ」が二分されてやっぱり同じ割合になると言われています。

全部のアリが同じ程度働くと良いのに、と考えてしまいますが、このようにして「よく働くアリ」と「サボるアリ」が二分されることは・・実のところ巣の生存、又種族としての生存にとっては極めて重要なのです。

一つの巣のアリが「私を含め誰もがみんな同じように働く」というのでは「みんなが同じように疲れる」事も意味していて、もしもみんなが一番疲れた際には多量の食糧を手にするチャンスがあったとしても無駄にしてしまうなど、外敵が来たとしてもフォロー出来ないで全滅してしまう可能性さえあります。

でも、サボっているアリが万全状態で増加した仕事の担当や他のアリの交代要員になり代わるため、最終的には巣を保つ利便性が一番高くなるといえるのです。

それは現実に人間の世界でも同一の事で、実際に絶対必要な労働力というのは・・「表面的に働いている人間」を上回って多くなるものになります。

更に「売上の8割は全従業員の中において2割が作り出している」、「仕事の成果の8割は仕事時間の2割で成果を挙げている」に似ていて・・一見すると「残り2割が効率的ではない」感じに言われやすい「パレートの法則」と言われるものも殆どですが、実際のところ「8割の従業員には裏方やバックアップが入っていてその分業より2割の従業員が最高の効率によって働ける」、「残り8割の時間は仕事の準備や掃除など・・環境整備、あるいは休憩といった他の2割の時間に力を注ぐために必要である」と、すなわち「うかつにお役に立てていない感じに思える8割のものを排除してはならない」と判断できるのではないでしょうか。

更に「全売上の8割は、全品の中において2割が発生させている」と言ったところですが、残りの8割の中においては「売上は多くなくとも必要な製品」が完備されている事も非常に多いのです。

もしも通常の風邪薬は極希少な伝染病の治療薬よりず~と多い売上を発生させることが予想されます。

しかしながら伝染病の治療薬であっても生産しなくなってしまうと、その病気が広がる事を防げなくなってしまいます。

すなわち元を正せばパレートがその研究・調査から公表した通り、「2割の金持ちに8割の富が集まる」ということも・・「だからこそ残り8割の人々のために公的な経済上のサポートが必要である」という最終結論に繋がるといえるのではないでしょうか。

もしもその8割の人間がどのようになってもいいと考えた時、残り2割の人間で社会全体の生産力を持続できるか・・そのような角度から推察していくと結論として、「全体のうち2割しか担当していない8割のもの」は・・実際には「全体のうち8割を担当する2割のものを手助けするために重要な存在」と言えるのです。

当然、商業活動の目標として「金持ちの2割」を主力の標的にしていく事は重要な事だと言えますし、その商品が高価な娯楽やインテリアであれば運営や娯楽に関係する「8割の人間」に対し・・「2割の金持ち」から社会の富を動かすことだと言えるでしょうから社会を維持する場合でも極めて有効な経済活動ではないでしょうか。

でもいき過ぎた偏りが「生活に必要なもの」さえも2割の人々だけしか手に入れることができないようにしてしまうと、そのために社会自体の破滅を招くことになります。

これは例えば「研究のうち2割だけで8割の利益を出している」というような時、残りの8割の研究をやめるのは合理的ではありません。というような論点にとっても利用することができるでしょう。

その中には基礎研究であったり、歴史研究や社会研究みたいな直接の経済活動に繋がらなくても・・よりよい社会を作るために必要とされたり、人間が「人間」である為に必要とも言えるでしょう。

基本的にはこれらの法則が示していることは経済的な挑戦に及ぶものよりも、かえって「安全策」に当たるものと考えられるのではないでしょうか。

ユダヤ人と「ユダヤ人の法則」

最後になってしまいましたが、「ユダヤ人の法則」に関してユダヤ人と経済活動の関係につきましてお伝えします。

本来ユダヤ教、あるいはそれに由来するキリスト教においては・・「同じ宗教の者に金を貸し金利をとる事」は禁じられていたそうです。

逆にユダヤ教徒からすれば絶対多数のキリスト教徒は異教徒であって・・金利をとってはならないといった制限の外にあったというわけです。

最終的にキリスト教社会の中でユダヤ人は経済的には豊かになる事が多いのですが、だからその財産を狙って、あるいは嫉妬を受けたり、迫害されたりする事も非常に多い立場となっていました。

ユダヤ人は「2割の億万長者」だとしても断じて安全な立場ではなかったのです。

当然逆に、立場の弱い自らの身を護るためにこそ・・経済力を習得する必要がありました。

そして世界中に、差別される側の人々ばかりが従事する事を許された職業により・・逆に富を獲得するチャンスが多かったといった例は多種多様にあります。

経済的に豊かな事と社会的地位が高い事はかえって一致しない時代の方がほとんどでした。

そういった意味でかえって「金持ちでない多数派」の権利が守られる必要性を訴える法則と言われるのは、むしろ宗教や地位の制限が緩まりだした今の時代に独自のものと考えられるのかも知れません。