地球の人類はみんな同じ言語を話している!

言語を話すイメージ

2016年9月「地球の人類はみんな同じ言語を話している」といった衝撃的なニュース情報が全世界で注目されたのです。

ちょうど2016年9月12日、米国科学アカデミーといった科学論文として、あるレポートが発表されました。

「全世界で喋っている中のほぼ3分の2属する約3700の言語において、それぞれ基本的な言葉を40~100種類の範囲内で比べました。」こんな内容のこの研究は、「アルゼンチン」「ドイツ」「オランダ」「スイス」「米国」にて活動する言語学者とコンピュータ学者がコンピュータプログラムを使って対象になった言葉におきまして同じ意味の言葉の「声」を比べるものだった。

この調査で、同じ言葉であるならば複数の言葉に音響的な共通点が出現した、というプロセスが論文の中身でした。

この論文は英文にて発表されたものだったのですが、既に明日や2日後にはロシア語、又日本語等で「地球の人類は完全に同じ言葉を話ししている」といった内容をテーマとする記事が公表されているということなのです。

事実上、私共の在住している地球上においては、6000以上の言葉が存在していて、普段使っていない言葉であるのなら理解することが必要です。

「地球上の人類はパーフェクトに同じ言葉を話している」と言うのは本当なのだろうか?

我々人類はみんな同じ「言語」を話しています?

現段階で全世界に存在するすべての人類の先祖は、アフリカで生まれたと考えられています。

その共通した先祖より分別した今日の個人個人の民族が、アフリカから世界各国に旅立ったとされるのは約6~7万年前とのことです。

元々同じ周辺に居た人間が、なぜ全然異なる言語をしゃべり、双方ともに相互伝達行えないのが疑問視するかもしれないのですが、それはかえって、自然な事になるのです。

例えるなら日本語だけであっても、「東北弁と九州弁」で話しをしてもお互いに通じ合うかと言えばとても難しいかも知れません。

現在のところ人類は地球のほとんど全域に広まっているのですが、その長さ1500kmの島(日本)だけでもこんなにも言葉の差が生じているのです。

更に、現代日本の方言のエリア差については主に江戸時代の藩の区分が原因になっているのです。

これは藩の1つ1つが自治体としての役目を果しており、最低限でも一般市民は藩から出ないままに一生涯を終える事もたくさんいたからですが、言ってみれば江戸時代といったほんの260年においても、言葉の相違というのが生じてくる事を示しております。

日本語の「標準語」といった概念自体が、明治維新の後から多地域から集まった人々の間で共通して言葉が通じ合う必要性や、外交の為に統一した日本語と言えるものを確率する必要があったため人為的に整えて、創り上げていったということなのです。

当然このようにして言語が色んな変化をしていくことは、日本語に限られたことではないのです。

もしも英語であるとするならば、言ってみれば「イギリス英語」と「アメリカ英語」においては相当な異なりがありますし、その他「オーストラリア」や「インド」「香港」等、過去にイギリスの植民地であった場所によって、全く異なる英語が話されています。

それだけではなくイギリス国内でも、階級につきまして使う言葉、特に単語が違う傾向にあるといった話を聞いた事があることも考えられます。

コミュニケーションの道具となってしまうため、言語は何はともあれ社会のありかたと強く直結しているのです。

考えようによっては社会に変化が起きる影響を一番受けているというのは言語であって、言葉といったものと言えるかもしれません。

本来の研究が述べたかったポイント

更には、こちらの話題のもとになった論文のポイントは、実のところ「世界中の人類が同じ言葉を喋っている」ではありませんでした。

この調査で明確になったというのは、基本的に「色々な言語に、その土地や言語が属するカテゴリーの範囲を超えた類似性が存在する。」ポイント、あるいは「その類似性は音声のみを、自動的にどれだけ類似性が高いかを調査した結果見出された」ということになります。

調査を行なった言語学者の一人であります「モンテン・H・クリスチャンセン氏」は、どうして人間が本質的な物事や思考を書きこむ理由で言語の範囲を越えて同じ音を活用する特徴があるのであろうか分からない」とあくまで「別の言語同士にある類似性」に関して研究した事を発表しています。

更に論文の中においては「この研究は標準的なわけではなく、類似性を相当高く選びがちなことは注意しなければいけない。各言語が共通した音を有するようになったなりゆきや、詳細な音の差は構わず、音のポイントをシンプルに分類を行なったうえで比べている」と、この研究においての調査方法から、獲得できる結果が偏りをたくさん含む可能性も解説されているのです。

もっと言うなら、クリスチャンセン氏は今回の調査結果で明確になったたくさんの類似点に関しては、この様に発表しています。

「人間の心や脳においては、私達がコミュニケーションを取るケースや、言語を学び対応する時に使う共通した信号が行われるのかもしれません。これは子供が言葉を学ぶ時に役立っている可能性もあり、未来に向けた研究で貴重なテーマになるでしょう!」

ここでクリスチャンセン氏が「共通する物」と捉えていることは言語自体ではなしに、言語を扱う脳の信号の事になるのです。

元になった研究そのものは「世界中で共通の言語が使用されている」という事を表してはいない事、お分かりになられたでしょうか?

現代版「バベルの塔」

さて、今回のテーマを話題にすると同時に、「バベルの塔」の伝説を紹介しているものが複数存在しました。

旧約聖書の中にあるひとつの逸話だという「バベルの塔」は、ご存知の人も大勢いる話かもしれません。

「人々は天にも及ぶ塔を創り上げようとしたが、これに神が激怒して彼らが使っている言語をバラバラにし共同作業を実現できないようにした」

カンタンにまとめるとこんな感じの話ですが、ここには大事な事実が含まれています。

それは「言語と共にコミュニケーションが出来ない限り、人は共通した認識を有する事が難しくなる。」ということです。

バベルの塔を制作し続けられなかったこともその一つであって、意思の疎通が出来なくなったその結果、建築といった一つの作業を成し遂げる事が出来なくなった、と考える事も出来ます。

今回元になった論文に関しても、ロシア語や日本語の記事には「地球上の人間は同じ言語を話ししている」と紹介されれば原文に一言もそのように書かれていなくとも、紹介記事を読み終えた人にはそちらの方が事実になってしまいます。

情報は通達する人により「捻じ曲げる」場合があるので、そこに言語の壁が挟まれれば、なお一層容易にコントロールできてしまいます。

いえ、「できてしまっていた」というのが正確なのかもしれません。

何がどうあれそれは「翻訳」といった技術が限られた人々だけしか扱うことができないものだったことが理由で起きたことでしたし、本来、外国語の原文に触れるタイミングそのものが一般的なものではありませんでした。

しかしながら、今の時代はインターネットを使って元の論文にアクセスし、機械で翻訳したものをヒントに読み切ることさえ可能です。

単語の意味もスマホで容易に調べられますし、もしも原文にアクセス不可能としても、他に情報がないか自分自身で見つけ出す事は、従来から比べると考えられない程行ないやすくなりました。

要するに、現在の高度情報化社会というのはまさしく人々が共通した言葉、共通した認識を保持することができる世界であって、これを実現するインターネットとその進化は、「バベルの塔の復活」と考えられるのかもしれない!